昨年秋に中津で見たヒマワリ畑でのヒトコマ
間違いなくそこに立って居たという事。
同じモノを見てたという事実。あたたかさの記憶・・・明るさの思い出・・・・時々刻々 人も自然も、社会も、環境も、役割も変わっていくわけだが、
何かのきっかけで、振り返ってみるとその盛りの頃がいまの事のように蘇る。
何かのきっかけで、振り返ってみるとその盛りの頃がいまの事のように蘇る。
刻まれた記憶に陰りはないのです。
どのくらい?・・このくらい!
と、当時の思いの丈・熱さが測れたらいいのに。。。。いやいや、それは大きな間違いですね
怖ろしいことです
測れないから尊く、美しく輝き続けられるものなんだと思います
絶対的なものなど知る術はなく、相対的な感覚で流されてしまう・・・
これで良しとしますか?
僕はできません
秋に季節外れのヒマワリ畑で、ひとりそんなことを考えておりました。
いつものように思うのです
変わらないもの。褪せないものは自分の中にしか保存できませんね。
こんなひ弱な容れ物にしか
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