2010/08/28

曲がってるのは


曲がってるのは
Originally uploaded by h@lsan
予定調和の中で、半ば定形化した言葉のやりとりにやすらぎを得る時と、
そんなコトが無性に虚しい時間のように思えて
その枠の外へ外へ、会話の意義をもとめる時もある。

両端を行ったり来たり。

いまは?
外が心地いい。

噛み合わない。
なのに、どうしてあっちが広く明るく見えるんだろうね。

ホームポジションがわからなくなってしまった。

あれこれ浮かんだんで書こうかとおもったけど、やめとこう
予定調和の水鏡に石を投げても、波紋はすぐに消える。

あっちとこっちを壊してひとまとめにすることはできないのだから。

もうスイッチの周期もシンクロすることはないのだろう

2010/08/24

認めあい、馴れあい・・・溶けあい、而して解けあわず、掛けあう。

「ちょうどいい間合い」の定義とは、
人それぞれだと言うことは判っているよ。

自分の法則は自分の中だけでしか通用しない。

僕が求めているモノは、たぶんありえないと言うことは、僕自身がわかっている。

自分勝手な法則。
自分ではそう言える。

だけど、自分以外の人には言われたくない。

あなた勝手な法則で、僕を測れないから。
そう、そして僕もあなたを測れない。

この一点を心底認め合えば、全ては収まるんだ。

「尊敬」という言葉は、狭く使われすぎててあまりしっくりいく言葉ではないけれど、そういうことだろうし

言い換えれば「愛」ともいえるんじゃないか

「愛」これまた意味を確定しにくい言葉。
こうしてまたはじまる見えない間合い

2010/08/09

黙って



Originally uploaded by h@lsan
花のように
黙ってそこにあることで伝える力

いや、もう十分伝わってるね。

飲み込む力。

2010/08/01

死んだのは、写真の方じゃないのか?


日展に行った
Originally uploaded by URA-H@L
ちょっとポッカリ時間ができたので、日展を見に行ってきました。

涼みがてら会場内を行ったり来たり・・・なんとなくツラツラ考え事しながら、
うろうろ眺めてきました。(笑)

なんとなくだけど、絵の好みも、
歳につれ、世につれて変わるものなんかもなあ。。。

子どもの頃は写真のような絵に憧れていたけれど。。。
「写真のような・・・」とは絵に失礼な話ですね。

最近は具象的なものより、抽象的なものに目がとまるような気がします。

今回は。目の前に無い物を描こうとストレートに取り組んでいる作品を中心に観てきました

というのは、目の前にあるモノをリアルに捉えるのが目的であれば、絵画以外にもいろいろ他に手段があると思うからです。

かつて、「今日を限りに絵画は死んだ」と言った人がいるそうですが、それはないなあというのが今回の感想。

絵画の方が写真よりずっと自由度が高い。
光を反射するモノではなくても描写することが出来ますからね。

その自由度を活かして進化しようと、もがいているのを感じました。
たぶんこの「もがき」が作品のオーラなんじゃないかと思いました。

(写真はそういう意味で不自由な要素を承知の上で、敢えて制約を課して取り組むモノなんでしょうけど、労せず手に入ってしまうリアリティから先の「もがき」が。。。どうなんだろう?)
絵画より、写真の方が立ち止まってしまってるんじゃないかという気持ちに少しなりました。

うん、行って良かった。
元気をもらった気がします。
既成の枠を飛び出そうとする作家のパワーでしょうか。。。
挑戦力というのか、現状否定力というのか。。。。破壊力と言ってもいいのかもなあ。。。

やっぱり、人の力ってすごいなあって思ったのです。

日展が、「日洋彫工だけ」ってのもうなずけるわけです。

使いこなせる手があれば
カメラよりいいなあ。。。。とか

無い物ねだりのひとときでした。。。(笑)

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