2015/06/14

いつもありがとうございます

絶望的になるほど漫然と馬齢を重ねて早51年。昨日は誕生日でした。

本人の無自覚とはウラハラに
いろいろ山あり谷あり、結果オーライで、今日まで楽しく人生を過ごさせて頂いているのは、私の様な曲者と日頃お付き合いして頂いている皆様のお陰と深く感謝しております。

次の一年も
皆様から頂く日々の「こころ付け」に対し感謝を忘れず、気付きを無駄にしないよう過ごしたいと思います。

これからも、どうぞよろしくお願い致します。

ありがとうございます。

2015/06/08

「美しいもの」

資生堂のCMに出てた頃の印象はサイボーグっぽい人だなあという感じだけだった。
いや彼女がオリジナル。
サイボーグデザインが彼女を真似たのかもしれない。
だんだんこっちも歳を重ね美しさの物差しが変わっていく。
すると
価値観も変わり、彼女の見え方も変化した

そして先日東京での展覧会で、
生い立ちや多彩な活動、功績を辿って知る機会を得てからは、神々しくさえ見えてきた。

相田みつをさんの言葉を思い出した
「美しい花を見た 美しい花は美しい枝についている  美しい枝は美しい幹についている 美しい幹は美しい根っこが ささえているにちがいない」
有形無形の美醜の集積が人を形作っているとするならば、

「美しさ」というのは、見かけだけでは成立せず、内面奥深くから滲み出てくるモノなのだろう

さらに、関わる人を巻き込んで 尊敬、心酔、憧憬が伴わないと薄っぺらいものになるのだろう。



専門家が美しいと言うからとか、
みんなが美しいと言うからとか、
ブランドだとかで、有難がるのはもうやめよう
好きか好みでないか。
それは自分で決めるもの。
美しいものを追い求め、
近づく資格が自分にはあるか?

これはたぶん永遠の自問自答
これもシネマ5向きだよね(^.^)

2015/06/06

Human Resources

knowledge Workers


TRENDS:

  • Workers have more confidence in themselves;less confidence in employers
  • Key work is accomplished by project teams
    --not necessarily by employees
  • The star system is spreading --it's what you can do,not what you know
  • Deals are better than jobs

BOTTOM LINE:

     --We are entering
                    the age of the entrepreneur


                                                                            stanford university orientation   

OPAM誕生



モノトーンが似合う景色の中にある
ベンチ。
そこにあった鮮やかな紅に心が動いてシャッターを切った。

南天かな?わからない。
鳥が食べ残したのかな?
知らない事だらけだけど、
もっと自然のこと知りたいな。。。

もし近所の若草公園だったら、
足を止めなかったかもしれない。。。
コレ過日大分から遠く離れた所で
撮った一枚です。



環境が人を感化する。
誕生祭でにぎわったOPAMを見てそう思いました。
アーティストか思想家にでもなったような、不思議な錯覚を抱かせてくれる環境。。。。
大分に新しい環境の種が蒔かれましたね。

送り手の意図を
自分なりの価値で読み替え、
味わえた時、新しい喜びが生まれ、その後の自分に変化をもたらす

家庭があり生業をもって
日々を生きる一市民の僕でさえ、

感化の煌めきに気づければ、
大いなる思索が深まったか傑作を生み出したかの様に、心が躍る。

実はそれが創作者の手の上だってわかってても。。。
本当に自分の力(一部)になるかどうかはわからなくても。。。

いいんですそんな昂揚感に素直に喜べる
自分が嬉しい。
ああ環境が人を変える。

日々の暮らしのアクセントとして、
こんな感動が出来ることこそが幸せ。

微かな兆しを感じとれるように
心をしなやかに過ごすことで、本質の変化が始まる。

たぶんOPAMは、
その触媒になってくれると感じた1週間でした。

人間力≧作品力 

昔あったラジオの決まり文句じゃないが、なにか物を作ろうという場合にも
「心に愛が無ければ、どんなに美しい作品も相手の胸に響かない」と言えそうな気がする。
そうであってほしい
いやそれは間違いない

愛を比較して
どちらの愛が優れているか?
なんて事はナンセンス。

万人共通のルールや、成果価値を設定出来ないモノは
コンペティションは本来馴染まないはず

しかしフォトコンは存在する。

縁も所縁もない人に
僕を評価されても仕方がない。

知らない人に
気に入られようと躍起になって、
僕はいったい何を得る?

そんな考えから、10年経って
今フォトコンテストに対して
熱意が沸かなくなった。

求める愛は千差万別
愛の定義も十人十色
でいいじゃない。

僕は自分に誠実でありたい。