2016/11/26

カメラで呼吸する

野町和嘉さんの【地球巡礼】

五体投地を繰り返し、険峻な岩山カイラス山を登る




この写真集を観た時の衝撃的な記憶が無かったら

昨日映画「ラサへの歩き方」に行かなかったかもしれない。


野町さんの講演を大阪芸大で聞いたのは

もう7、8年くらい前 になる。

あの時、写真を通して様々な人の営み、幸福・豊かさのカタチの多様性を思い知るという主客転倒の体験をした。


敢えてファインダーを介して世界を観る・感じるという行為が、肉眼によるそれとはひと味違って面白いと

感じ始めたきっかけだったように思う。


カメラは、自分の知らない感覚を覚醒するチカラを与えてくれるような気がする。


2016/08/31

写真展行ってきました

い東松照明さんの、新編「太陽の鉛筆」と教え子さん方の連動写真展Reflectionが品川で開催されていました。



現代に続く写真の一潮流を作り上げたような「太陽の鉛筆」です。
偉大なマイルストーンということでしょうね。
ただ、時代の変化、社会感覚の変化も否めません。

昔のゴジラを受けてシン・ゴジラが生まれたように
東松から直々に薫陶を受けた、今を生きる若者たちによる作品群の方は、堂々と瑞々しく存在感を放っていました。

脆く危なっかしいモノも感じますが、そんなもの弾き飛ばす
若さの可能性が溢れています。

表現の仕方、作品、被写体と向き合う姿勢。。。
全て時代とともに変わっていくのでしょうが、写真という表現の面白さは全く色褪せる事なく膨らみ続けているように思えた
よい企画でした。

続けて観た写真展は
公文健太郎さんの「耕す人」



「太陽の鉛筆」の系譜に沿うようなドキュメンタリー性とともに
スナップ視点や、現代の農村問題にも目を向ける社会派視点など
密度の濃い展示でした。

これは僕のツボにハマってしびれました!

幸い作家さんご本人とお話をすることが出来たので
公文さんの人懐っこい話し方所作があって
この作品が生まれたのだろうと納得しました

被写体の表情に嘘が無い。
土の匂いや収穫の喜び、自然の美しさ

人間のDNAに刻まれた原初的感動という部分で
「太陽の鉛筆」と「耕す人」を同時に観られたのは
大変な幸運。。
永く記憶に残る展覧でした。

写真展を終えて
新型の5D4を冷やかして帰りました。

9月の終わりにBS朝日でキヤノンの番組があるようです
前述の公文健太郎さんも出演するようです
見ましょうかね
http://www.bs-asahi.co.jp/Photographers3/
もうすっかり外堀は埋められてしまった感があります。

後はカネの算段だけです(⌒-⌒; )

2016/02/23

集団幻想交響曲

僕の大テーマに
ちょっとヒントをくれる記事に当たった

「日本的ナルシズムの深層」


日頃感じる
社会全体に漂うアンビバレントな空気の発生源は
実は個人ひとりひとりの「呼気」によるものだという話

なんとも動かしにくい問題に直面すると
「社会」のせいにして分かったような気になってるが
ちっとも解決に向かう様子が無い事って案外多い

「ご無理ごもっとも」的諦念というか
見て見ぬ振りしたフラストレーションを周囲に希釈して撒き散らして、無いものも様に振る舞う場面

そうやってタコツボにハマって行くシーン。。。

あるある。

「情緒的な一体感が損なわれるとしても、それぞれが自律したこころのあり様を目指した方が、大きな意図を共有することが容易になる」

なるほど
厳しいけれど、同意できるなああ

まずはひとりひとり自分でアクションか。




2016/02/10

映画「兵隊やくざ」見てしまった

戦中戦後の昔話の好きなお客さんが
軍隊のデタラメを知りたければコレを見ろと教えてくれた「兵隊やくざシリーズ」
Amazonプライムで3本見た


勝新太郎主演
1965年から全9本 大衆娯楽映画として作られたようだが、一言で言って苦痛。

まったく楽しめなかった。
戦争や軍隊を扱ってるので、別に楽しめなくても良いんだが、
何か感慨や教訓や内省のきっかけみたいな物が得られるのが、
普通の「戦争映画」だと思っていたがコレは違った。

ふつうの「やくざ映画」「任侠もの」の方が100倍マシ!

暴力、不正、搾取、差別
いわゆる従軍慰安婦
いわゆる虐殺
全部入り映画だ

それらデタラメを指摘はしつつも糾弾するでもなく
なんとなく、巻かれながら汚れながら不条理の世の中を、
のらくらたくましく切り抜ける冒険活劇として描いている。。。。ようだ

根底には、敗戦をバネに生きる「決意」は感じる。
戦後日本が歩んだ姿にも、この映画の「決意」が流れているのかもしれない。


アメリカの戦争映画を観たあとの
気持ちのザラザラとも決定的に違う

こんな不消化感の残る映画は初めてだ
ある意味 の敗北感を覚える
なにに負けたのか?

僕らの
法や常識にすがって生きる
感覚のひ弱さ
という感じ

安心安全の欺瞞
とりあえず今は在るモラルの
薄氷の上を歩いてる様な感覚がある

娯楽映画だから
誇張も脚色もあるだろうが
9本も作られた人気シリーズという事は
それなりに「共感」を呼ぶなにかが有るのだろう。

当時戦後20年  
高度経済成長期真っ只中の人たちの心に
コレが受けたのは、痛快な勝新の演技だけでは無いはず。。。

当時の観客は
どういう気持ちでこれを見たんだろう?


この映画
どういう意図で作ったのだろう。。。
かなり複雑な気持ち

彼らに言わせれば
僕がナイーブすぎるのだろうな

「戦争に比べりゃ今の苦労なんて。。。」というのは戦中戦後世代がよく言うフレーズ。

自分のやり場の無いストレスを
自分よりひどい境遇の兵隊に重ねていたのだろうか?

「三丁目の夕日」が日なたの60年代だとすれば

日陰の60年代映画という感じだろうか
全ては僕の勝手な想像だが。。。

本当の所は分からない

生きていくというのはどうしょうもないことが有るという事。

それは頭では分かっている

だけど身体は知らない。

こんな映画を理解出来ないまま
一生を送りたいが

どうも時代は不穏な方向に動いている予感がしてならない

この映画の様な社会が再現しない事を祈りたい

そういうえば
当時の流行歌
「上を向いて歩こう」ってのがあったなあ

なんとも皮肉
なんとも反語的


3月にWOWOWで全作放映あるようです
加入してる方見てみてくれませんか

www.wowow.co.jp/pg_info/wk_new/010247.php

眠れないから
江戸の人情噺  落語を聞いてクーリングダウンしてる。。。

2016/02/07

コーヒーと映画を味わう 夜

LLOYD Coffeeさんで美味しいコーヒー頂いた。
絵になるいいお店が出来たね
長居したくなりそうだ
またごちそうになりに行きます。


コーヒーのあとは
「独裁者と小さな孫」を観た
dokusaisha.jp

政変で混乱した国からの脱出を図る元大統領と孫

全篇緊迫した逃走の中に
ヒトの愚かしさ虚しさが散りばめられて
ザラつく空気で満たされる

極限状況の中でも
人は愚直に自らの信じる「愛」のために生きるしかないのだろう。

執着の虚しさ
正義とか大義とかでさえ脆く儚いものだと
本当に人は自ら気づくことが出来るのだろうか

「憎悪は何も生み出さない」というのは、よく聞きはするけれど
心底実感として言える人は少ない。
究極の理不尽を知り乗り、正気を失わず越えったごく一部の人だけが、辿り着ける
諦念なのかもしれないな。。。。

劇中流れる
ギターと、ヴィソツキーのような渋い声の歌が
東欧っぽい乾いた映像にズバリはまっていた

疲れ果て落ちぶれながらも
大統領の眼が徐々に柔らかくなっていくの感じて

重いテーマを扱った映画だけれど
少し救われる気持ちになって映画館を出られた

いい映画だった





2016/01/26

昨夏のMoTでのバイブレーション再来

いいドキュメンタリーでした。
さらに
山口小夜子像が膨らみました

懐かしい資生堂のCM
化粧品など縁もない僕でも刷り込まれている

ある意味
現代の日本のひとつの「美のカタチ」は
この人が世界に伝えたのかも知れない

刻々変わっていくのだが今もなお底流に彼女が織り込まれて発展しているようにさえ思えます


夭逝された事がなんとも口惜しい
。。。いやいやそれは欲張り


映画全体から
浮かんだのは「共振周波数」

ヒトとコト
ヒトとモノ
ヒトとヒト

ヒトには "X" が必要なんだなという事でした。


映画「氷の花火:山口小夜子」
yamaguchisayoko.com


2016/01/04

移相 2016

智に働けば角が立つ。
情に棹させば流される。
意地を通せば窮屈だ。
兎角に人の世は住みにくい。

…以って夏目漱石に同じく。

なんとなれば、それが世界だからという事のようだ。

40で不惑には達しなかったが、この10年を振り返れば、なんとなく行手は見えてきた。

早51
この10年で知命を覚りたいもの

人と比べない立ち位置
ヒトを測らない物差しで動くことにする
欲張らず心穏やかに自分で歩く漫ろ物語

2016年が始まる


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