2011/02/23

試しに並べてみました

いちいち重い物を、持ってきて並べなくても
図面上で壁の長さを測って、額の間隔を決めれば何枚掛けられるかわかりそうなものだけど、不思議なモノで実際にやってみると、ずいぶん感じ方違う。

きれいに配置されることと、心地よく配置されることの違いかな。
「バランスよく」には多様性があるということ。
さらにその「バランスよく」は流動的。。。感じ方は刻一刻変わっていくもの。

むりくり大きな話にもっていくけどさあ、、、

実地に体感することが大事であり、全てなんだと。。。

バーチャルは所詮参考にしかならない。
大いに分かったような気にはさせれくれるけど、「本当」ではない。

「そんなことおまえが言わなくたって、わかってるよ!」だよね。

ただちょっと、その「分かり方」「解り方」「判り方」が
僕も含めて、昨今しょぼい。

技術の進歩で傾向予測やリアリティは増してきている。
だけど「どんなに突き詰めても現実にはならない」ということを強く戒めておかないといけないんだよね。

麻薬のように甘美な錯覚に流される傾向。。なくはない。

データや慣例、トレンドを判断基準にしすぎ。
推測に対する謙虚さというか、不確かなモノに対する慎重さや畏れの感覚って
、、、PCによって薄れてきているよね。

可視化によって感じ、そこから先の行動が、縮こまるというか画一化方向にはたらくのは間違っているような気がする。

可視化で得られたものから、どう感じどう行動するか。

そこから先の行動が 多様性が増す方向で、
もっとヒトに能動性をもたらす方向で活用すべきだと思う。

推測で達観し、過信している。。。
ひいては「世の中をなめてる」ということにも繋がるような気がして

PCに頼らない世代のいう「世の中そんなもん」と、
PCから導かれたものを基準にいう「世の中そんなもん」の差はとてつもなく大きいなあと。。。

いまどきの「スマート」とは、なんと軽薄で、恥ずかしいものなのかということをわきまえたいと。。。

「スマート」ってさあ、ほんとはもっと生々しく、柔軟なものだと思うんだ。。。

あ、いまちょっと攻撃的になってる。
不満を駄文で冷まそうとしているな。

2011/02/21

僕は感情の燃費がわるいから

街はGive & Takeが常識
固く乾きひび割れた心から、せっかく注がれた愛が常に流れ落ちている。
満たされることはない。

思い出したい
無償のやさしさ。
その一瞥の情けに触れただけで、これだけほぐれるのだから。。。

交換条件のないやさしさがどんなに幸せか
ほんとうは知っているのだから。。。

冷めた目で幻想だねというかな
どっちが本気なんだろう。。

田舎の土はたくさん養分ときれいな水を含んで
しっとりふかふかしていた。

2011/02/12

Hipstamatic おもしろいよ


hipsta
Originally uploaded by URA-H@L
レンズ交換が可能なトイカメラ
その名もHipstamatic

1982年に発売され、
生産台数たった156台という超レアアイテム。
その実機は見たことないけどiPhoneでたのしめる。
ああよい時代だ。

たぶん早すぎた製品なんだと思う。
いまネットと融合して、密かに写真好きなiPhoneユーザーに浸透中というかんじ。
ああ、英語がもっとわかったら、こんな世界に入っていけるのに。。。垂涎

下手なデジカメ買うよりたのしい

写真好きiPhoneユーザーは買うべし1.99弗

ツイッター好きの写真ファンで流行は、instagramかな
たしかにいいんだけど、あまりに出来すぎ。

hipstamaticは、撮った後フィルターかけて投稿なんてことはできない。

「出来ちゃった写真」も楽しいけど、正統派の「計画撮影」がやはりよろしいかと。

これは、ずばり撮る前に撮りたいイメージ決めて撮る。

8つのレンズと7つのフラッシュ10種類以上のフィルムから好みで選んで
その状況に合わせて撮る
ぞくぞく新しいアイテムが増えている。。。。ぞくぞく小銭を持って行かれる。(笑)

お題をきめて開催するフォトコンもHipstaのコミュニティでは開催されていたり、プリントサービスもやってる。

なんかおもしろいのが撮り貯め出来たら貯めできたらプリントしてもらおうかな

まさにアナログカメラ的デジカメ

すっかり、してやられている。
このテの商売にはひっかからない方だと自分ではおもってるけど
このアプリにはよろこんで貢ぐよ


仕様がややこしすぎ?
ま、概して ぼくの好むものは流行らない。(^_^;)

2011/02/02

誰もが そうだよねって 言われたい

みんなそう
僕も特にそうかもしれない

だけど、それだけは嫌。
それだけじゃないよって。強がり、きびすを返す。

ヒトの反対側も見つめていようと思う

ヒトの反対側を見ているとは云っても、所詮僕の考えの中でのこと。
結局それは、外ではなく僕が考えた反対側のような内側でしかない。

反対側のような内側ばかり見ていると、心細くなって、人恋しくなって
すり寄っていく

そうだよねって言われて安心して、息継ぎして、退屈になって
また反対側にでかける

たぶん本当に、探究している人は、その寂しさを知ってて覚悟している。
ひとり上手でなきゃできないコトなんだよ。

みんなと一緒がいいけど、同じはいや。。。と、みんな思っている。

はたして、どうありたいのか?
なにか生み出しているのだろうか。意味は?

食って寝て息しているだけじゃないかと、自分が不安になる

いいじゃん、それで。っていう?
ヒトはヒトじゃん、っていう?

まあ、そんなもん。ってことで。
それがidentity
僕と社会との間合い

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