2010/05/26

次週 6月1日から写真展です

毎度バタバタですが、
本日早朝作業で作品準備完了
ご覧の4点と大きめの1点を出品します

今回はクラブの写真展なので、冒険・実験的なものをセレクトしました

会場でご覧頂いた方々
ご意見お聞かせ下さい。

宜しく御願いします。


■2010タイムフォトアート作品展

とき:平成22年6月1日〜6日
   (初日は11:00開場、最終日は16:00まで)

場所:大分市荷揚町アートプラザ ギャラリーB

無料です。
お気軽にお越し下さい

2010/05/22

6年半を短冊にして


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Originally uploaded by URA-H@L
僕のオモテブログ??は2003年12月から始まっています。
途中閉鎖しようかと思うこともありましたが、
なんとなく続いています。

日記なんて続いた例しがない僕ですけど、ブログは良く続いているなあと自分で感心してます(笑)

続けようと思うと負担に感じるけれど
書きたい時だけ書く。
なんとなく続いている。そのくらいの方が結局は長続きするって
おもしろいなあと。。。

何事もそういうものなのかも・・・・。

脱力。自然体が少し身についてきたかな。。。(^_^)

このところちょっと、きもちに余裕があるのでしょうか
振り返りをば。。。

これまでにトップのバナー用に使ってきた画像を1カ所に集めてみました

僕がカメラを向けた時の気分や気持ちの動きを
通常とは違う800*150の横長フレームに切りとったものです。

なんの脈絡もないものですが、まとめて時系列で見ると
また違うものが浮かんでくる。

ただいまのところ全部で58枚
6年半を遡って並べる。。。。
短冊の一部さらに切り取ってモザイクに。。。なんとなくこれも楽しいかも


ひとつずつをスライドショウにしてもおもしろい


http://www.flickr.com/photos/hal_side-b/sets/72157624111204812/show/

それぞれはなんのことはない、ただ撮りたかっただけの瞬間ですが
こうやっててみると時間の流れが見えてきたり、、、
写真って不思議だ
アメーバーのようだ。。。違って見えたり同じに見えたり。。

同じはずですよね。
僕が撮ったんだから。

ああ、究極の自己耽溺写真鑑賞法ですね。(^_^)
(^_^;)

あ。
でもね、ご心配なく。
最近少し変化している自分も感じてます。

とりまいていた霧が少し動いているのかもしれません。

先はなにもわかりません。

でもま、このまま僕は僕でいることにします。
移り変わる周囲に対応している動かない僕は、
結果としてちゃんと前むいて歩いていますから。。。

2010/05/17

遂に自由は。。。


彼らのものだ
Originally uploaded by h@lsan
友達が教えてくれた曲

木下牧子 作曲
三好達治の詩による合唱曲
「夢みたものは」より鴎

「♪遂に自由は彼らのものだ・・・」

達治は戦争が終わって失意の中で海岸からふと見上げると
戦争中には見ることのできなかった光景が、
鴎が自由に飛ぶ姿が目に飛び込んできた
そして希望を見いだした

http://nicosound.anyap.info/sound/sm4748902

男声ひとり合唱です。
聞いてみてください。ブラボー


ついに自由は彼らのものだ 
彼ら空で恋をして
雲を彼らの臥所とする
ついに自由は彼らのものだ

ついに自由は彼らのものだ 
太陽を東の壁にかけ
海が夜明けの食堂だ
ついに自由は彼らのものだ

ついに自由は彼らのものだ 
太陽を西の窓にかけ
海が日暮れの舞踏室だ
ついに自由は彼らのものだ

ついに自由は彼らのものだ 
彼ら自身が彼らの故郷
彼ら自身が彼らの墳墓
ついに自由は彼らのものだ

ついに自由は彼らのものだ 
一つの星をすみかとし
一つの言葉でことたりる
ついに自由は彼らのものだ

ついに自由は彼らのものだ 
朝やけを朝の歌とし
夕やけを夕べの歌とす
ついに自由は彼らのものだ

 三好達治 著 詩集「砂の砦」より


僕には鴎は、
戦争で散っていった幾万の兵士や市民たちそのもののように思える

敵も味方も、勝ち負けも、損得も超えた存在への
賛美歌だ・・・

実体があるから叶わないことがある。

実体を亡くすことで成就することもあるのだろう

鴎は人よりも豊かな自由をもっている

空はやっぱりいいな

自己嫌悪と不安な、僕のこころを休ませてくれる。
また空モノ逃避モードだ


僕は勝ち負けに拘ってはいない。

きっと、世事に縛られ流されている僕を見て呆れてるんだろうね

俺はバカだから



Originally uploaded by h@lsan
瞬間瞬間、場面場面
もっと上手に軋轢をうまない立ち居振る舞いを覚えろよ
ばか!

表層ばかりつままれて
なんも伝わってねえ

相手を傷つけ
自分も傷つく
得るモノのない空気を漂わせてしまう

また逃げ出したくなった
いや逃げた。

俺がしゃべればしゃべるほど溝が出来る

申し訳なく、
なによりくやしい・・・・

閻魔様
いますぐ僕の頭を解剖して下さい

2010/05/13

写真展 ご来場ありがとう・・・


50mm倶楽部展
Originally uploaded by URA-H@L
芸館で開催中の春の県展
アートプラザで開催中の50mm倶楽部の写真展も

自分が好きなモノを撮って出すということができる基本どおりの写真展です。

見て貰って、メールや電話で「見たよ」
なんて声をかけて貰うというのがなによりの喜びです

たかが写真、されど写真
自分ひとりで撮ってるわけじゃない

いま僕がこうしてられる。心持ち、環境、時間は
周囲のみなさんとの相互作用っていうか。。。
お陰というか、、なんというか

たまたまも含めて今はそういう時なんだってことにすごく感謝なんです。

いつまでこんな感じで撮れるのか先はわかりませんが
今に感謝しながら続けていこうと思います。

みなさん
ご来場ありがとうございます

きょうは、、、いえ日々是吉日・・
ありがとう。よく眠れそうです。

ふたつの写真展
日曜までやっております
お暇がありましたらごらんください。

きょうはちょっと酔ってます(笑)

2010/05/10

もはや現実


もはや現実
Originally uploaded by URA-H@L
本日未明よりiPadの国内先行予約が始まったそうですね。
ご同慶の至り!

とりあえず私は初号機はスルーすることにしておりますが
興味は津々です(笑)


そして奇しくも本日のこの記事。

ネットのトレンド記事を見ている人にはみんな先刻ご承知ではあるけれど、
この新聞のトップに出るというのは、
もうニュースではなく結果報告みたいなもん
ここもいつまで紙媒体でやり続けられるのだろうか?


ビジネスモデルの根幹がゆらぐ地殻変動は
零細商店だけに襲ってくるわけじゃない

夢や絵空事が、我々大衆でも想い描けるイメージになってしまったらそれは
もはや必ず起こる現実。

ノスタルジーやニヒリズムでは巻き戻せない流れ

話はさらに逸れて妄想モード入るけど

写真はモニターで見るのが普通になって、
銀塩写真を紙焼きするような人が
無形文化遺産とか人間国宝になるような時代がくるのかもなあ

二者択一ではなくて
どっちもとりたい強欲な僕としては
それはそれで楽しみ。

龍馬のように柔軟に、マエムキに世渡りしていきましょうね。

2010/05/09

本当に欲しいのは

とうとうと流れているとき。
続いているときには
当たり前になってしまって気にもかけないものだけれど、

蔭りや変化が見えてしまったり、感じ取れてしまったりすると、
一気に突き崩せない壁として目の前に立ちはだかるものってあるなあ。。。


反動だな


日々、漫然と時間を空費しているんだ。
命を空費しているんだ。
見るべきモノを見ていない
見ているつもりで満足している。

逃げ口上ばかり頭に浮かぶ。。。


でもこうやって
「際」に立ったとき本当に大事な物に
気づくことってのもあるんだよね。

「際に立たないと見えないもの」もある

欲張りすぎて
大切にすべきモノと捨てるべきモノをが見えなくなっている毎日だけど

日頃忘れていようとも、
ひとたび本当の大切さに気づいたら
「終生」って言葉をつかって固定。


案外、簡単にうわべで大切なものだって
思い込んでみたりすることは
日々たくさんある。

安っぽい感動も毎日ある。

派手じゃないけど
揺らがない実感を湧かせてくれる「大切なモノ」
染み込んでくるような大切さを感じられるモノって
そうたくさんは無いよ

フェイクにまぎれて目立たないけど

見落とさないようにしようと思う
本当に欲しいのはそれなんだから。

有終

きょうの夜はじっと家にいれなかった。
じっとしていると、
考えないでいいことを考えてしまうので外に出ることにした。
**************************************
ちょうど
友人からのメールで、20年前から出入りしているバーのマスターの体調について聞かされた。

マスターの店に行ってみた。

。。。病人にまでしなだれかかるのか僕は

店はあいにく満席だった

ドアを開けたときマスターは僕に気がついてちょっと笑ってくれた。
いつもとちがう会釈を感じた。

ドアを閉めつつ
すごく哀しくなった

2010/05/01

今回の東京急行で感じたこと


千穐楽
Originally uploaded by h@lsan
今回敢えて大きなカメラは持たずに行った。

言うまでもなく都会はフォトジェニックな光景があちこちにある。
物珍しさ、目新しさだけでも十分わくわく。どきどきして
我を忘れる。。。「撮らされてしまう」


今回もそう言う場面に出くわしたけど
撮れなかった。撮らなかった。

できあがる写真は想像できる
それは、間違いなく非日常。
作品めいたおもしろい絵だけど、
僕が撮ってもそれは
僕の中に無い世界
異質なモノ

そんな、かっこいい光景は似合わないと思うと
手が止まってしまった。

かっこいい光景は
かっこいい人が撮ればいい
別人を演じられる人が撮ればいい
田舎の祭りを撮るときにも同じコトを思う。
撮る人にふさわしい写真がある。

異空間に入っていけない自分に半分悔しさもあるんだけど
これが僕だから

毎回どこかに撮りに行くたびに
見つけながら見送ることがある

ま、それでいいんだよ。
ここでも、やっぱり僕は「あなたが言うとおり」だ。

自然体でいよう

以下は滞在メモ

●scrap and buildの功罪
  景色が変わって得られるモノ失うモノ
  景色とは目に見えるものだけではない

●不況による功罪
  案外プラス面もある?!
  豊かさの再定義

●個人の意識を保ちにくい環境が着々と整備されている
  紛れ込んでしまうことの心地よさと危険性
  
●満員電車の中での「瞑想状態」「妄想状態」
  ああいう時間っておもしろい
  
●都会パワーが自意識にもたらす影響、功罪
  「人の力」は魅力だ
  毒であり薬である
  
●東京と大分の「汚い面」「美しい面」
  どっちが遅れてるんだか、進んでるんだかわからない

ぼけーっと、人の川を漂流しながら思った。

いや実はこれ、新しい変化ではなく
僕の変化による単なる気づきなのかもしれない

時を超えて東京は動き続けているね。

毎回行くたびに書くけど、
群衆の中で感じる孤独感がなんとも言えない。

好きだけど嫌い
嫌いだけど好き

追えば逃げ、離れれば引きつけられる

大きな真実と
勘違いが産まれるところ

東京はそういうところ

ある意味でこういうのを「現代アート」っていうんじゃないの?

表現しようとしているのは曼荼羅を解説しようとするようなものなので、それを端的に可視化しようとすること自体に要約や省略や主観が含まれるので、
その危険性、脆弱性を理解して取り扱うコンセンサスがない場面ではやはりプレゼンテーションってのは空しいものが含まれているんだよなあああ、、、と言うお話し。

ではなかろうかと邪推

それにしても僕の書く文も、毎度のことながら混濁だ
蜘蛛の巣の方が統制されてるな。。。

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