2009/09/29

幼児体験


幼児体験
Originally uploaded by h@lsan
明るい色がつらい
人のいない公園にこの色は哀しすぎる

喧しい空気だけが
摩滅した神経に障る

はやく自然に色あせてほしい。

穏やかな公園の静かな時間がもどる

2009/09/20

夕暮れ時のさびしさに


夕暮れ時のさびしさに
Originally uploaded by h@lsan
吉祥寺のホテルを出て日本橋の取引先に向かいます。

電車でまっすぐ行けばいいのに、バスなんか乗ったものだから、クネクネ狭い道に入り込んでいく。

でもそのまま乗ってれば着くのは間違いなのだけれど、いつもの悪い癖。
イライラしてると判断がブレる。
行こうって決めていたことも忘れて思いつきの行動を始めてしまう。
決めたことを変えたくなる。。。。
そうすると大抵裏目に出るのです。

この日もバスを途中下車してしまいました。
目の前にあった地下鉄の階段の降りて行き先も確認しないまま飛び乗るのです。案の定降り立ったのは三田のホームでした。

どうしてこんなとこに来てしまったのか。

今日は日本橋経由で夕方羽田にから帰るのに。
そこでまた悲惨なことが。ホテルにカバンを忘れてしまった。

今から取りに帰ると最終便に間に合わない。
それどころか、取引先はどうすんだよ。。。

だいたい、こういうとき、いつも夕暮れ時なんですよね。

ココで目が覚めました。

実際起きたことが3分の2という感じの夢でした。

僕はそんなに大きな失敗って失敗をしたことないし、たいていのことは、なんとかリカバリーできてきた。普段は自分の失敗を笑い話にするくらいだけど、奥底で引っかかっているのかなあ。

あるとすれば、恥と言うより、情けなさ(不完全を悔やむ)かなあ。。。

夢を掘り下げて考えても
占いといっしょで何か答えが出るわけじゃない。

結局自分の気の持っていきようってことになるのだろうけどね。。。

まあ、
「乗り遅れる」「取り残される」というのは苦しいことですね。

今回も、前向きなキーワードもたくさん含まれる夢のようだけど
やはり「乗り遅れる」というのが一番、強く気にとまってしまう。

自分ではそれほどじゃないと思ってるけど。
僕はやっぱかなり深傷を負ってますね。

また昨日から気持ちがサワサワしています。

こんなにいい天気の連休なのに。。
なさけない。。。。

フォローが増えてくると
twitterにぼやくのも 、みっともない。

でもどこかに吐き出したい。

ネットの中にも安住の地はないのだろうか?
孤独の救済所は無いのか?
などとアキバで事件を起こした犯人のようなことを考えてしまう。
(さすがにそんなことはしないけど、頭をよぎるだけでもなんとなくみっともない。と思うよ。)


今日は飲みに出ようかな。。。

出たとて、居場所があるわけじゃないけど

2009/09/19

空が高いね



Originally uploaded by h@lsan
僕の中はぼんやり霞んでいるけれど、周囲は確実に時間が流れている。
すでに雲も風も秋に変わっている。

暗いカメラの中に住んでいるような感じ。
ぼんやり外を眺める。。おもちゃカメラ

もっと精密に日々の出来事を描写しなくちゃいけないのだけど、
気が向いたことしか写らなくなっている。

いけないなあ。
きちんと切替スイッチだけは働くようにしないとな。。。。

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昨日話の中に出て来た。
「問題点の分析と解決策だけでは、前に進めなくなる」ということ。

いまの不完全な部分も、どうしようもなく悪いもんじゃない。

悪いところばかり見て、理詰めで考えすぎると行き詰まる。
そっと薄目で見ることも大事にしていこう。

違う視点から眺める余裕がうまれれば
感じ方も変わってくる

新しい切り口で動いてみることが大事なのかもな。

あたらしい感動
あたらしい発見

僕は最近見直してる。

2009/09/14

Starship Forum


Starship Forum
Originally uploaded by h@lsan
いつも感じることだけど、都会の人混みの中に行くと「ひとり」が際だってしまう。
「自分」の無さのせいなのか?ありすぎるせいなのか?・・・

歳月は流れた。
街を構成する店や看板は当時とは全く違うけど、
骨格となる川と道路、昔からのランドマークは変わらないから、何気なく動けてしまう。


すっかりお上りさんのくせに、
「ああ、帰ってきたよ」なんて
懐かしい錯覚を覚える事もたくさん起こったりする。

お上りさんらしく、目の前で起きている
都会での「非日常」を楽しんでいればいいのに。
ありもしないことを考えている。


目の前の煌びやかな非日常が映らない。
こころに響かない。

心が動かされるのは、都会の非日常ではなく
都会の中のありきたりな瞬間。ありきたりな光景

「都会コンテンツ」には、いまだに勝手なシンパシーを感じているんだな
でも厳然としてあるのは
僕はstrangerだということ。

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100年前の学生たちの時代から「都会くずれ」はいる。
不完全燃焼の残骸
画学生だった祖父が言っていた言葉が蘇る。
妙に生々しく 30年も前に予言されていたのか。
祖父はくずれはせず、郷里にもどり、一切愚痴ることもなく、一切ひけらかすこ
ともなく、
きちんとなすべき事を全うした


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祖父も言っていると思う。
「何をしに来たんだ、いまの気持ち吸収して持って帰れ」って。


「そんなのどうせ、つかの間の気晴らしじゃん」と
ひねくれたことを考える自分がいる。

旅をせずにはいられないくせに、外に出てみれば日頃の事を気にしている。
日常に戻った瞬間に、次の旅を夢想する。

居場所がないということなんだ。

ひとえに甘えだ。逃げだ。

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今回の旅でもいろんなことを考えた。

「これからの後半生をどう過ごしていくのか」
僕の歳で考えるべきことではないという人もいるようだ。
なるようにしかならないのだと。

僕はそうはおもわない。

なるようにしかならないなどいうのは
ある意味幸せな意見だ。

よければ、そう思える人は、
自分で自分の道をつくっているか?ということについて
少し疑ってみるといい。

考えなくていい幸せもあるだろうが、僕はそんなエスカレータは欲していない。
意志をもって、自分で決めた方向に、自分の足で歩きたい

こんなことは今いうのは遅すぎるのは分かっている。

念のために書いておくけれど
これまで歩いた道は間違いはないし、険しくもなかった。
幸せな道だ。
沿道で、導き、関わってくれた全ての人に感謝している。

でも、いま僕は、他の事。他の道の存在について考えているんだと思う。

どちらにしてもメリットデメリットはある。
P/Lについてはじっくり検討した。

実はどっちも理想のゴールは思い描ける。
でもそこに到達できる確証はない。
それどころか、たどり着ける自信も、術もない


こういう場合
選ぶのは少しでも確度の上がる、リスクの少ない既定路線だった。いままでは。

でも、「いつもならこうする」という選択肢は選びたくない

考え込んでいる
立ち止まって考え込んでいる。
方向を見失っている。

別の道を歩きたいとか、青臭いこと思いはじめているのだろうか。。。

今までの、全ての成功・幸福の経験則を壊して
作り替えたいという願望が僕の中にあるんだ。

いままでの成功の上に載っかって、今があるくせに
それを否定しようとしている

違う道筋を見つけていきたいと
子どものようなことを思っている。

こんな事を考えさらに人前に曝すことが、なんと幼稚で、どんなに恥ずかしいことであるかを
知らないわけではない。

たいへん危険なことだと分かっている

でも敢えて書いている。


これも自分で作りだしたゴッコなんだろうか
どこまでも救いようのない甘チャンなんだろうか

2009/09/07



Originally uploaded by h@lsan
信じる力が足りないのか
疑う力が強すぎるのか

ありもしないコトが、強く作り出されてしまう。
予感が起きた瞬間に、リアルに実感してしまう

自分で産み出した怪物と闘っている自分
厭戦的になりながらも終わりのない闘いをつづけ
自ら神経をすり減らす

一日のほとんどを空費して
泥のように眠るときだけ安らげる。

見えない存在にふりまわされているのか?
いや、それも僕が創り出した物かもしれない。。。

一日に一瞬でもいい
ほっとするリアルな瞬間があれば、翌日を元気に迎えられるんだ

心穏やかにすごせればいい
それだけで十分にしあわせ

2009/09/04

写真って。。。


R0010412
Originally uploaded by h@lsan
僕は写真をあまり見直さない。

その場所にいて,見た光景に気持ちが動いて撮る。
撮っただけで満足してるところがあって

昔のフィルムもあまり残っていない
(捨ててはいないはずだけど、どこにいってしまったのか分からない)
デジタルになって枚数も増えたので、よけい整理できていない。


もちろん片付けが悪いというのもあるんだけれど、
それだけじゃないんです。

撮った時の気持ち
セレクトするときの気持ち
時が経って見るときの気持ち。。。全部違うのです

僕が撮ったものだし、その記憶は確かにあるのだけれど
撮った時の気持ちとは違うモノになっている。

気持ちの変わり方にもいろいろあって

たいした感慨もなく撮ったモノが、後でよく見えてみたり
すごく鮮明に感動した記憶が残っているのに、つならない写真に見えたり

写真の虚しさかなあ?
けっきょく偶然の産物なんだろうか?

そのときは、一生懸命撮っているんですけどねえ。

でも、時間が経つと思いも変わっている

ということは
意図して産み出した作品ではない?

ちょっと寂しかったりします
切ない、、刹那い。。。

変化する自分を、写真をとおして感じる
そのために、写真は有るという意味では
すごくありがたい。

世に言う「アート」にはなり得ないものなのかもしれませんね

自分のための写真だということです。
これからも生き続けるすべて大事な記憶です

2009/09/01

夢診断的には・・・・


matrix
Originally uploaded by h@lsan
今朝寒かったですね。
目が覚めたらカラダが冷たくなっていました。
半分は寒さで目が覚めたんですけど、実は別の理由が。

泥棒に入られて カメラのレンズを3個盗られるという
なんか、ありそうなリアルな夢をみたんです。
部屋中 靴跡だらけにされて怖くなった。


眠りが浅いのかなあ
夢なんか見なかった人なんですが、最近よく見る。
そしてよく覚えているのです。

アンバランスなんでしょうね。

夢診断的には・・・
良いことと悪いことがアレコレ書いてありました。


泥棒に入られて何かを盗まれる夢は大吉。
あなたにとって、必要でないものが取り除かれ、
それによって、心の重荷がすっかりなくなるようなことが起こります。
逆夢で、盗まれるということは何かを得るということなのです。。

とか

●泥棒の基本的な意味
大切なものが盗まれる不安の象徴
実現が難しい願望の象徴


●自分の家で泥棒される夢の意味
状況の変化の暗示
良い知らせ・ヒントの知らせがある事の暗示


だそうです。
一見佳いことのように思えますが、
それを素直に読めない僕の心に問題がありそうです。


見えない不安にさらされているのです

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