2009/09/14

Starship Forum


Starship Forum
Originally uploaded by h@lsan
いつも感じることだけど、都会の人混みの中に行くと「ひとり」が際だってしまう。
「自分」の無さのせいなのか?ありすぎるせいなのか?・・・

歳月は流れた。
街を構成する店や看板は当時とは全く違うけど、
骨格となる川と道路、昔からのランドマークは変わらないから、何気なく動けてしまう。


すっかりお上りさんのくせに、
「ああ、帰ってきたよ」なんて
懐かしい錯覚を覚える事もたくさん起こったりする。

お上りさんらしく、目の前で起きている
都会での「非日常」を楽しんでいればいいのに。
ありもしないことを考えている。


目の前の煌びやかな非日常が映らない。
こころに響かない。

心が動かされるのは、都会の非日常ではなく
都会の中のありきたりな瞬間。ありきたりな光景

「都会コンテンツ」には、いまだに勝手なシンパシーを感じているんだな
でも厳然としてあるのは
僕はstrangerだということ。

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100年前の学生たちの時代から「都会くずれ」はいる。
不完全燃焼の残骸
画学生だった祖父が言っていた言葉が蘇る。
妙に生々しく 30年も前に予言されていたのか。
祖父はくずれはせず、郷里にもどり、一切愚痴ることもなく、一切ひけらかすこ
ともなく、
きちんとなすべき事を全うした


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祖父も言っていると思う。
「何をしに来たんだ、いまの気持ち吸収して持って帰れ」って。


「そんなのどうせ、つかの間の気晴らしじゃん」と
ひねくれたことを考える自分がいる。

旅をせずにはいられないくせに、外に出てみれば日頃の事を気にしている。
日常に戻った瞬間に、次の旅を夢想する。

居場所がないということなんだ。

ひとえに甘えだ。逃げだ。

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今回の旅でもいろんなことを考えた。

「これからの後半生をどう過ごしていくのか」
僕の歳で考えるべきことではないという人もいるようだ。
なるようにしかならないのだと。

僕はそうはおもわない。

なるようにしかならないなどいうのは
ある意味幸せな意見だ。

よければ、そう思える人は、
自分で自分の道をつくっているか?ということについて
少し疑ってみるといい。

考えなくていい幸せもあるだろうが、僕はそんなエスカレータは欲していない。
意志をもって、自分で決めた方向に、自分の足で歩きたい

こんなことは今いうのは遅すぎるのは分かっている。

念のために書いておくけれど
これまで歩いた道は間違いはないし、険しくもなかった。
幸せな道だ。
沿道で、導き、関わってくれた全ての人に感謝している。

でも、いま僕は、他の事。他の道の存在について考えているんだと思う。

どちらにしてもメリットデメリットはある。
P/Lについてはじっくり検討した。

実はどっちも理想のゴールは思い描ける。
でもそこに到達できる確証はない。
それどころか、たどり着ける自信も、術もない


こういう場合
選ぶのは少しでも確度の上がる、リスクの少ない既定路線だった。いままでは。

でも、「いつもならこうする」という選択肢は選びたくない

考え込んでいる
立ち止まって考え込んでいる。
方向を見失っている。

別の道を歩きたいとか、青臭いこと思いはじめているのだろうか。。。

今までの、全ての成功・幸福の経験則を壊して
作り替えたいという願望が僕の中にあるんだ。

いままでの成功の上に載っかって、今があるくせに
それを否定しようとしている

違う道筋を見つけていきたいと
子どものようなことを思っている。

こんな事を考えさらに人前に曝すことが、なんと幼稚で、どんなに恥ずかしいことであるかを
知らないわけではない。

たいへん危険なことだと分かっている

でも敢えて書いている。


これも自分で作りだしたゴッコなんだろうか
どこまでも救いようのない甘チャンなんだろうか

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