2009/01/05

降りてゆく生き方


降りてゆく生き方
Originally uploaded by URA-HAL
ちょっと僕が感じるには早すぎる心境だとは思う
ぜんぜん登ってないから。

だとは思うが気にとまったこの言葉。

山は登って降りてはじめて完了
完成

登るときは周りは興味ないが、降りるときは周りが見える
・・・んだそうな

2009/01/02

あけましておめでとうございます

旧年中はたいへんおせわになりました。
今年もよろしくお願いします。

借りてきたDVD6本見ながら
ごろごろ、飲んでは寝ての正月でした

今日から仕事です。

なんか腑抜けになってます
真っ白の白紙状態。。。ならまだいいけど
クシャクシャのボロ紙状態の正月

今年の目標は『基本スタンスの再構築」
リセットも初期化も人間はできませんからね。

このクシャクシャを下地に「活かし」ながら
新しくしていく


むかし「ワンパクでもいい、逞しく。。。」なんてCMありましたが

今年は
「地味でもいい、一つ一つかみしめて進みたい」と思ってます

写真は心を写すそうですね
僕の写真もマエムキに変わっていきたいと思います。

2008/12/24

天命反転地



Originally uploaded by h@lsan
離れたところからでも、綺麗だと思うところをみると、
その瞬間、思いはその場所と自分の距離をなくし
傍にいるような気持ちになれる

ミューズの微笑み より

ほお、なるほど
ファインダーは確かにそういう力がある。

2008/12/22

ambivalent #02


ambivalent #02
Originally uploaded by h@lsan
I know I ask perfection of
A quite imperfect world
And fool enough to think that's what I'll find

2008/12/21

裏切らない


裏切らない
Originally uploaded by h@lsan
エットーレ・ソットサス

イタリアの建築家 インダストリアルデザイナー
wikipediaによるとオリベッティのあのかっこいいタイプライターとか
アレッシの日用品なんかをデザインした人

その人のことば

「君は全てを手に入れたいのだろうが、
何かを得るとゆうことはそれ相応の何かが必要なのだよ」

2008/12/20

apartment


若い力
Originally uploaded by URA-HAL

芸短の専攻科造形専攻 作品展に行きました
あれが若い力なのかあ、

なんかやけにサクッと行儀良く、スマートに作品にして見せてくれるんだな

良くも悪くも、あれが現代の人達のさりげない感覚?

僕は、あの年齢の時に、あんだけ「自由に」できなかったなああ
もっと野暮ったくもがいていた。(いまも)


もっと硬直した囲いの中に居たと思う。

入り口にあった絵「スライド」と奥にあった黒い糸を使ったインスタレーションも面白かった。

洗濯ばさみでとめた手紙の作品が一番気になった

2つ3つ開けてみた、、、、返事の代わりにちょっと思いついたんだけど
カバンの中に・・・持ってってなかった残念(笑)

彼らの発信力に乾杯 !

夢見心地の柔らかさに乾杯!

これからも

へんな常識にまみれないことを祈りたい。
妙に大人ぶったって大したもんは得られないよ、それよりケガせん程度に自由にやったほうがいい。
子ども扱いするつもりないけど、凄いなと思った。

あのまんま、食っていけるといいなあ

彼らをあのままで居させてあげられる豊かな社会でありたいなあ

十人十色だなあ
同じ年齢でもモノを見る方向や深さに「ばらつき」「バリエーション」がいろいろあるのも面白い

確固たるものを感じて物言ってそうな作品と、おっかなびっくり発信しているような感じの作品。物言う手前の遠慮っぽい印象受けるもの
性格の違いで現れ方が違うんだろうなあ。。。

4大学写真展もやってました。

学校のカラーというか、お国柄というか。。。いろいろ面白い

外人さんは総じて大人だなあ。。。

日本人がんばろうな

もっといい意味で大人になろう

逞しくなろう

野生でいよう

2008/12/19

悪食


悪食
Originally uploaded by URA-HAL

裏halフリッカーから「ご飯写真」を取り出してみた。


「家でメシ食ってんのか?」と複数に言われたのでちょっとショック だけど、その感想もしかり、まそういう感想しか引き出せないということ。
旨そうにも見えなかったんだと思う。

呆れさせてしまうというのは、感想もなるほどと思う。


で思った。
なんでご飯の写真を撮りたいのか?!
理由は?

「記憶の増幅」「時間共有意味の蒸留」

せいぜい、「幸福感のシンボル」として。。くらいのものだった。

でも、こんなやりかたじゃ、けつまらん
既に鮮度が落ちている。

食堂の蝋細工サンプルと同じだ

無意味さの集大成、醜大成になってしまう

今回
ちょっとオーバーだけど雷にうたれたような衝撃
大きな気づきを得た。
すごくいい経験
「情念的配置」と「標本的羅列」の違いだああ!
はっきりわかった 。

時間が経っても変質しないご飯写真の集め方考えてみる
具体的方法はわからないけど、変われる予感を感じた。

ただ集めるだけじゃ薄い薄い つまんねえええええ

だけど。。。撮るときはいつも、早く食べたいんだなあ・・・